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2008年1月

怪しすぎる業界 

大当たりしないデジパチと実際に遭遇しだしたのは16年くらい前だろうか。

当時、パチンコ攻略は体感器を使用した止め打ちが次々と発表され、三共、平和、ニューギン、第一商会、三洋、ほぼ全メーカーと言ってもいいほど攻略台の提供があった。

ちょうどこの頃はインターネット時代の幕開けと時期的に重なり、遠隔操作のハイテク化が加速したのも、この頃からではないだろうか。

デジパチの出目決定には幾つかの方式があるが、係数方式ではないものは全て怪しい。
カラだろう。
カラ(=大当たりしないデジタル、スロット)と言っても、普通に使えば普通に当たる訳だが、大抵のホールは台が正常に機能しない環境で使用するから普通には当たらない。

勿論これは台を開発する際に計算されている事で、それをどう使うかはホール次第という具合だ。

こういうカラクリは攻略法を使用したときにハッキリと分かることがある。

体感器攻略で大当たりポイントが分かっていると当たる時は入賞時にある程度判断が付くワケだが、カラの場合いくらジャストで入賞したように見えてもハズレ続けるのだから気付いて当然だ。

いちばん分かり易かったのはニューギンのエキサイト123という機種だった。(ニューギンさん、すいません...。)

シリアルと言われる電気的な信号により2つの乱数のうちの片方がパスされるという仕組みだったようで、これによって大当たりポイントが23倍に増幅され、本来のポイントから最大で約0.23~0.47秒くらいの入賞誤差があっても大当たりになった。
分かりやすく言うと大当たり確率が23倍、普通に打っていても1/10ということになる。

しかし、今でこそ乱数の方式の違いによる問題点が一部雑誌などで報じられているが、当時はまだそういった話はあまり聞かれなかった記憶がある。
じっさいホールでの状況もまちまちだった事もあり、話題として表面化することはあまり無かったという感じだろうか。

15年以上むかしがこういう状況で、その後も何の問題にもならずに現在まで続いているのだから誰にでもおおよそ見当はつくというものである。

パチンコはギャンブルであると同時に娯楽産業でもあるから、有料で楽しむというだけの感覚で利用することも個人の選択であるが、換金システムが公認されている以上、業界の自主規制ばかりに依存せずに法的規制による構造改革が必要なのではないだろうか。

「イヤなら遊びに入らなければいい」という決まり文句があるが、それは市民レベルの会話であって、行政が同じ事を言っていてはならないと思う。聞く所によるとパチンコ業界の規模は日本の自動車産業と未だそれほどかわらないらしい。凄いね。

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パチプロの昨今 

これも20年以上前の話......

当時は攻略法が数多くあって、攻略プロという呼ばれ方もあった時代だが、開店プロというジャンルもかなりの勢力があった。

現在ではすっかり影を潜め、全てカラ開店と言ってもいい程だが、まだ攻略法が全盛の頃は新装開店の出玉も現在とは比較にならないほどの大盤振る舞いだった。

新装開店といえば6時開店が普通で会社帰りの勤め人なども対象になっていたこともあり、平常営業と変わりないシフトの近年とは雰囲気が違っていたような気がする。

年に一回の盆踊りのような祭り的行事で、新装初日に釘の開け具合が悪かったりすると常連客のブーイングも出かねないご時世だった。

羽モノは20分で打ち止め、一発台は開放を待つ長い行列が出来、デジパチは玉が減らなかったり、パチスロは全台モーニング、というような、現在ではお目にかかれないような事が日常茶飯事だった。

当然これを職業にする人たちは沢山いて、インターネットも無い時代ゆえ、組織的な活動で情報収集する「開店まわり」と呼ばれたグループが何処からとも無く現われては片っ端からライターを置きまくるといった光景も見られた。

いま若い世代の人だと経験が無いかもしれないが、当時は開店前の整理券などは無くて、店の入り口に出来た人だかりが開店と同時に雪崩れ込むという感じだったから、死人が出てもおかしくなかったろう。

私も攻略をやりだす以前は、新装開店を見かけるたびに必至で台取りに参加したものだ。(もっとも、当時は一度に入れ替える台数が現在と比べてかなり多く、機種にこだわらなければ、わりあい楽に新台をおさえる事は出来た・・。)

パチンコを覚えたての頃よく言葉を交わした人たちにはこういった開店まわりのグループに属す人もいて、その当時は何となくしか分からなかったが後になるにつれ、その組織力が想像以上のものだったことが印象にある。

当時、東京では、私の知っている限りでは3つのグループがあり、それぞれ親方なるリーダーが存在する、見た眼、組関係に見えなくも無い情報ネットワークだ。

彼らは、ノリという戦術を好む。
これが私には理解に苦しむ行為だったのだが、皆で協力し助け合うという理念はたしかに一理はある。
集団生活の基本でも有るのだろう。

又、攻略プロの中にはこういった開店まわりの会員でもある人もよく見かけた。

1つの攻略法の寿命はモノにもよるが大抵長くても2,3ヶ月(雑誌、ネットの普及した現在では有り得ない長さだが・・。)で、後半は、設置店、打てる店、をどれだけ開拓できるかが稼ぎに影響するのだが、
機種によっては攻略法が発覚(発売)してからも新台で導入されるケースもあり、そういった場合は新装初日から攻略プロに占拠されるシマもあるわけで、この場合の店の被害はプッとふき出してしまうほどの金額になる。

現在と違いパチンコで勝てる額はたかが知れていて、攻略プロがズラッと並んだ光景は尋常ではない出玉だったに違いない。

しかし、遠隔操作などの不正によって攻略も困難になった現在、プログラムの流れに沿った正面突破的な正攻法は存在しないだろうし、バグなどのセット打法にしか活路を見出せない状況では、攻略プロも開店プロも共に消え行く運命なのは言うまでも無いだろう。

近頃はネット上でも堂々とサクラや打ち子の類が募集されている。
そのうちパチプロ=打ち子になりかねない気がするのは私だけだろうか。

昔パチンコをやりだした二十数年前の、あの新装開店の光景を思い出すと急に気分が踊りだす私としては、昨今の遠隔操作でしか出ないパチンコは許容しがたい。

不正な改造が無くても遠隔操作できるようになっているという事実から眼をそむけている今の行政には不満を感じる。

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パチンコの未来予想図 

合理的な理論に基づけば1円パチンコの出玉、割数は相当低いと思われるが、実際はどうなのだろうか。

もし一時的な客集めで無いとすれば、これはパチンコ業界の終焉を意味する現象だろう。

最近ではあまり見かけなくなったゲーム喫茶が衰退していった頃と同じ状態ではないだろうか。

遊戯レートが下げられても台の入れ替え費用その他の経費は変わらないわけで、
同じ台割では、4倍の集客があっても店側のメリットはあまり無い。

年々、パチンコ店とゲームセンターの姿が近づいてきているような気がするが、いずれは同化していくのではという予測も成り立つ。

つまり、ゲームセンターのメダルゲームとパチンコ店のギャンブルが「合体」したカジノの誕生だ。

もしもそうなれば、日本中の至る所でカジノと身近に接しながら毎日を暮らす事になるのか・・。今後の行政の対応次第では有り得なくも無いシナリオだ。

この先どうなっていくのか、気になる問題である。

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懐かしい昔のパチンコ 

いまどき釘読みで勝とうというのも極めて難しいと言えるけど、デジタルのヤクモノが無い機種の場合に限っては釘読みで無駄な投資を避ける事が出来るわけだ。
しかし現在のパチンコのヤクモノには必ずデジタルの振り分けなどが付いている。
勿論、いくら釘調整が良くても極端にバネが悪かったりしては論外なのだが、遠隔操作も含めてそういう要素を抜きにすればパチンコは本来、釘が全てだった。

スロットの設定の上げ下げを読むという無理難題を課せられる現在のイベント形式でパチンコも釘調整うんぬんより波を読むという高等技術が要求されるようになり、いまさら釘講釈もナンセンスという気もするが・・・。

店やシマごとにネカセが違う事も有るから仕方がないが、基本的に出ないものは目で見て判断できないとパチプロとして生計を立てるのは無理だと言える。
もっと言えば、釘読みなどの技術的な能力でパチプロをやっていくのは所詮困難な話であって、小遣いを稼ぐ程度が客としての限界だ。釘の甘い台があるとは限らない。

実際には台選び等のやりくりで生活できているプロもいるようだが、そのほとんどは、店と何らかの繋がりがある関係者であることが多い。サクラはツキモノなのである。私自身、攻略プロをやっていた頃に、だいぶ以前より顔見知りだった店長からスロットのサクラのお誘いを受けたことも有る。(やらなかったけどね。)

昔のサクラと違い現在のサクラは、台の良し悪しでは無く、遠隔操作で稼ぐから、サクラというより打ち子と呼んだほうが正しいかもしれない。
私自身、昔パチプロだったこともあり、現在の実態はおおよそ見当は付く。

ひと昔前はパチプロといえば攻略プロか開店プロ(開店まわり)のどちらかだった。
ジグマと呼ばれる店のヌシなどはあまりパチプロと言う呼ばれ方はしていなかったと思う。
それが今では攻略法は無く、新装開店も初日から平常営業という御時世になり、勝ったり負けたりのお遊びをパチプロと呼び、あたかも誰かが勝っているように見せているだけである。

釘調整主体だった以前のパチンコは面白い。

きわどい釘調整は玉の補給を変えたりされれば、勝敗が逆転する事もあるだろうが、羽モノだとオトシと羽の拾い2ヶ所のカギが有るから色々な状態の変化があり、必ずしも店の思いどうりにはならないこともある面白さがある。

権利モノや一発台も面白かった。
役がかかってない時は、玉はひたすらOUT穴に消えていくのだが、時々アタマやソデ等に入る。
その玉もちに関したことはあまり着目されにくいが実はコレがかなり面白い。
玉の発射は1分間100発だから1分間に1回余計にアタマやソデに入賞すると投資金額は1割以上違ってくる。たかが1割と言っても1日単位では3万円位になる。

現実的にはヤクモノに関係する部分しか調整される事はほとんど無いのだが、初めて訪れた店で遊ぶ時などは玉もち部分も考慮した台選びをしたりすると、いくらかパチンコの醍醐味を味わえる。

私はとっくの昔にパチプロは辞め、現在に至ってはパチンコ店に入ることすら無くなっているが、
もしカネには不自由していなくて遊ぶだけなら毎回違う店の違う釘調整を見極めるのも面白いと思う。

しかし、もう昔のパチンコは無い。現実を見据えて綺麗に見切りをつけるのも賢い選択ではないのだろうか。

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